【書評】『殺字者倶楽部』シギズムント・クルジジャノフスキィ 『神童のための童話集』『未来の回想』などで知られるクルジジャノフスキィ。詩と散文の瀬戸際で寓意性の高い奇想をしたためた彼の知られざる中篇『殺字者倶楽部』を、二人称形式の書評でご紹介。 『殺字者倶楽部』 Kindle版著者 : シギズムント・クルジジャノフスキィ翻訳 : 東海晃久価格 : ¥498ASIN : B00U2U12PA出版社 : Incognito (2015/2/26)発売日 : 2015/2/26 ※価格は変動している場合があります。 あなたは少し遅れて恒例の書評会に到着した。会のメンバー達は待ってくれていたようだ。あなたは彼らと会釈を交わし、ジャケットを脱ぎ、メモと筆記用具を並べ、スマフォの録音アプリをオンにする。 「今週の書評会は通例とは違って、書評の構想を語る形式なんだよね?」「そうです。書評対象の『殺字者倶楽部』が作品の構想を語る会についての小説だから、そうしてみないかって」「いつもは書いて持ち寄りなのにね。へんな感じ。でも、ま、始めよっか」 「じゃあ提案者の私から」と年長のメンバーが語りだした。「私ならまず書評のマクラに百物語とか怪談会の話題を持って来ますね。この小説の枠組み――話中話――の身近な例ですし、全体のオチにも関係しますから。そこからあらすじ紹介に入ります。毎週土曜日に開かれる秘密の会合がある。6人の作家が集まって、一度の会で一人ずつ、まだ書かれていない作品の構想を語っていく。その会に招待された語り手の〈私〉が毎週構想を聴いていくうちに……。 と、ここで書評の段落とテンポを変えてテーマの探索に乗り出します。入り口は、そうですね、会と主催者の来歴としましょう。かつて貧困のために蔵書を売り払った無名作家、自身の小説のための資料を失った彼は、空っぽとなった本棚の中身を思念の中で一言一句まで復元します。それを文字で書き出して出版社へ渡すとあれよと言う間に作家として成功することができた。しかし空の本棚が自著で埋まるにつれ今度は創作の霊感が消えていってしまった。彼は考えます。文字にすることが霊感=構想を殺してしまうなら、逆に文字を殺して構想を生かしてみてはどうか。そんな思いつきが賛同者を得たのがこの会合、「殺字者倶楽部」の由来です。 さて、この挿話には三つのテーマが含まれています。容器と中身、変奏あるいは分裂、そして殺すこと。これらを書評で指摘したなら……あとは会合で語られる各構想内でのそれぞれのテーマの反復を紹介し、その重層性を文字数のかぎり詳らかにしますね」「著者紹介や他作家との比較なんかは?」「それを入れる人もいるでしょうけど」「私なら入れますよ。クルジジャノフスキイ、1897年生まれ1950年没。生前はソ連の公的な文学観が理由で不遇。死後四十年で再発見と再評価。日本では既刊に『神童のための童話集』『瞳の中』『未来の回想』がある。文学的実験や奇想を好み、古典や形而上学へ精通していることから、ホルヘ・ルイス・ボルヘスと比較されることが多い、とかなんとか」「待って下さい。翻訳者の東海晃久のインタビュー記事は読みましたか。神戸映画資料館のウェブサイトにあるんですが」「え、読んでないけど」「そこではクルジジャノフスキイの作品紹介の折に使われる“奇想”という言葉への違和感や、ボルヘスとの違いが言及されてるんです」「なら……それも書評に取り込んじゃう。ボルヘスとも比較されるが、と逆接にして、ウェブ記事を紹介しながら物語を解説して、最後は……ちょっと質問なんですけど、この本って翻訳者が自分で販売してるんですかね」「出版社は通してないみたい。Kindle ダイレクト・パブリッシングですね」「じゃ、締めはこうです。東海さんは先に出た『神童のための童話集』の他にも河出書房新社からソコロフやペレ―ヴィンの翻訳を出している方だから、本書にはロシア文学の目利きによるヴィンテージ品の個人輸入販売みたいな趣がある。校閲が足りないのは価格を考えればしょうがない。河出から出りゃ三千円、それがお値段¥498! 」「なるほどね。でも私なら4章で語られる神経系ディストピアSFの構想を書評の軸にしますよ。あの構想を伊藤計劃『ハーモニー』と比較することで“自意識は器官なのか本質なのか”という両作品共通の問いが取り出せます。しかし両者の違いはテクスト性にあって―― 「わたし」は文字なのかそれともあなた自身なのかと書評の構想が問い始めたころ、ここ数日の疲労と会場の温気があなたを微睡の王国へと連れ出していた。洞窟の中で改変された『ハムレット』のテクストたちが「おれは存在か否か」と輪唱する。『殺字者倶楽部』2章の洞窟にいたのは演じられたすべてのハムレット役柄たちであってテクストではなかったはず、とあなたは疑問に思うが頭が重い。重すぎる頭部を外すとそれは頭陀袋で、袋の口から文字がこぼれだす。文字はすべて数字で、手で触って数字を読むとそのまま秒数の進みと合うようだ。あなたはいくつまで数えたろう、やがてどこかで肩が叩かれ、目が覚めると早や閉会の時間。 「や、は、失礼! それにしても、書評の構想を語る形式もいいですね、書くのとはまた違う刺激がある。帰ったら録音から文字起こししますよ……え、なんでみんなそんなこっち見んの」皆の顔が語った言葉は「ちゃんと最後まで読んだ?」その真意は――本書でどうぞ。 『殺字者倶楽部』 Kindle版著者 : シギズムント・クルジジャノフスキィ翻訳 : 東海晃久価格 : ¥498ASIN : B00U2U12PA出版社 : Incognito (2015/2/26)発売日 : 2015/2/26 ※価格は変動している場合があります。 他の書評 投稿ナビゲーション 【書評】『湖畔の愛』町田康