【書評】『湖畔の愛』町田康

2018年に単行本、2020年に文庫となった町田康『湖畔の愛』。アパパでアホホな九界湖ホテルを舞台に繰り広げられる狂騒劇を「百年」をキーワードにしてご紹介。


『湖畔の愛』(新潮文庫)
著者 ‏ : ‎ 町田康
価格 ‏ : ‎ ¥649
ISBN-10 ‏ : ‎ 4101319340
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4101319346
出版社 ‏ : ‎ 新潮社 (2020/12/23)
発売日 ‏ : ‎ 2020/12/23


 百年の意味はむつかしいもんです。確かな秒数もわからない。相対性理論をないことにしましょう(それは現実ではない)、太陽と地球以外に星がないとしましょう(それも現実ではない)、絶対に狂わない時計を用意しましょう(そんなものはない)、そこまでしても、うるう年があります、うるう秒もあります、現在の暦はいつからですか、千年前、万年前もおんなじですか、百万年後はどうですか、地球の崩壊後はどうするんですか。

 ある人に言わせれば百年は「永遠の愛」における「永遠」の意味です。え?ある人は誰かって。夏目漱石『夢十夜』の一般的読者ですよ。でもガルシア=マルケス『百年の孤独』の一般的読者なんてのもいます。その人は百年を「ある一族による村落共同体の七世代に及ぶ興亡のスパン」と言いそうです。

 ところで町田康『湖畔の愛』にも百年が出てきます。読者の私はその百年をどうしたもんでしょうか。

『湖畔の愛』は三本の連作短編「湖畔」「雨女」「湖畔の愛」から成っています。舞台は龍神伝説のある湖のほとりに建つ九界湖ホテル。従業員や宿泊客らのやりとりに主立って悲喜こもごもが語られます。出来事の大部分がホテルのロビーで発生し、ロビーにいない人は視界から消えたように「いない」ので、なんだかロビーをステージにしたお芝居を見ているようです。

 さて、百年の語は一本目の「湖畔」冒頭近くにさっそく出現します。ホテル支配人の新町と若い女性部下との飛躍の多い会話があり、新町によるペーソスに浸しすぎな会話の解釈がついていきます。それらは一見ごつごつとして飲み込みにくそうですが、繰り返しと接続語を多用したフランクな口語文のリズムに乗ってとんとんとんっと読者に入りこみます。ヘラクレスオオカブトとたまごボーロが口に入ってきたと思ったら喉ごしは稲庭うどんだった、そんな塩梅です。料理長を呼べっ、こは何事ぞ、いかな技工を用いしか、よもや禁制の秘法にあるまいな、などと導入部だけでこちらの脳はぐらぐら、日常の感覚もぐらんぐらん。そんなゴツゴツもダンゼツもつるつるつるっと入って来る奔流のなかに百年があるのです。

私たちはホテルで働くこと、働いて喜ばれることに喜びを見出し、それが、このホテルの創業百年の喜びに繋がっていた、ところが。

「湖畔」町田康(『湖畔の愛』所収)

 百年。すでにいろいろがぐらぐらのこちらとしては秒数だの暦だのは信用しかねます。ホテルの支配人が言う創業百年なのだから伝統の感覚を刺激して対外的にはコマーシャル、内輪ではプライドの称揚と、そういう百年かもしれません。しかし舞台は「九界湖ホテル」。仏教用語の「苦界=苦しみの絶えない人間界」を連想しないのはむつかしく、然らばこの百年は煩悩と苦しみに満ちた人の生の時間か。そんな小難しいこと考えているとパカーン!

正面ドアを勢いよく開けてスカ爺が入ってきて、ロビーでインド舞踊と酔拳を合併させたような運動様のことをし始め(略)

「湖畔」町田康(『湖畔の愛』所収)

 あっそうか、これ新喜劇だ。「コントなどで手っ取り早く状況説明するために使う百年」の百年だ。ところが。

 喜劇と思われた「湖畔」の終わりには伝説の瑞獣である鳳が湖面の上を飛びます。ならば百年は古代王朝に比せられる高雅と格調の百年か。ところが。

 伝奇的要素の強い「雨女」では360年に一度のパワースポットが湖畔に現れると語られます。百年よりずっとすごい。ところが。

「湖畔の愛」では50年前に姿を消した伝説の芸人横山ルンバと芸の超絶技巧が物語のキーになります。百年の半分です。ところで。

 吉本新喜劇の発足は1959年。だいたい60年前なんですね、いま検索して知りました。60年を知らなかった私が百年をどうこうなんて、おこがましいね。 


『湖畔の愛』(新潮文庫) Kindle版
著者 ‏ : ‎ 町田康
価格 ‏ : ‎ ¥584
ASIN ‏ : ‎ B08Q7GDX7S
出版社 ‏ : ‎ 新潮社 (2020/12/23)
発売日 ‏ : ‎ 2020/12/23

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