【書評】『テスカトリポカ』佐藤究 祝第34回山本周五郎賞&第165回直木三十五賞W受賞!誰が文句をつけるんだ、大傑作『テスカトリポカ』をご紹介。 『テスカトリポカ』単行本著者 : 佐藤究価格 : ¥2310ISBN-10 : 4041096987ISBN-13 : 978-4041096987出版社 : KADOKAWA (2021/2/19)発売日 : 2021/2/19 メキシコと聞くとあたしなんざ緒川たまきの写真旅行記『Mexicoガイコツ祭り』(02年)を思い出すんですよ。あの頃はバックパッカースタイルの旅行が流行してねえ。個性的な女の子がチワワ鉄道でのんびりガタゴト、そんなのがロック系雑誌のグラビアで特集されたりしてたんだから。メキシコの印象っちゃ20年来そんなだったトコロに『テスカトリポカ』を読んじまいましてね、ドカン! すっかり川崎が怖くなっちゃった。あの街はいけない、テキサスチェーンソー大虐殺どころじゃない、七人のおさむらいが南総里見で冷たくて熱帯魚で「殺し合いをしてもらいます」だよ。シティオブアステカゴッドですよ。 え、なんでメキシコじゃなくて川崎なのかって?急いじゃいけないよう、あとでちゃんと言うよお、もう黒社会モノの舞台が新宿歌舞伎町では古いんだよおおお。ほらニッポンはとっくに移民社会でござんしょう?そりゃ歌舞伎町の黒社会モノにも中国系マフィアくらいは出てきましょうが、それっぽっちの多文化共生感覚じゃ今の社会を反映してるなんて言えやしない。戦前は口減らしに国民を海外へパーッとまいて、今は人手が無いからって南米からその子弟をポンポン呼んで、それでも足りないってんで南洋の子までかっさらって、彼らに子どもができたなら死産も帰国も自己責任。社会がそんなでございますからには黒社会モノの方にも相応の変化が求められるのでございまして、メキシコチャイナペルーニッポンブラジルベトナムエトセトラ、たっくさんのルーツが集う川崎を小説の舞台にしたっていうのはねえ、著者の慧眼じゃねえかなって、あたしゃ思うんですけどねえ。 緒川たまきののんびりしたメキシコも今は昔。メキシコ北部じゃ麻薬組織が社会へ深く食い込んで、麻薬戦争は激化の一方。この小説でも彼らの抗争はすさまじくって、対抗組織が幹部暗殺のために大型ドローンで227kgの爆弾を落とすってんだからもう大変。組織を仕切っていた兄弟とその家族はあっというまに大爆散。たった一人の生き残りは復讐を誓って大逃亡。南米縦断からの大西洋アフリカインド洋横断でインドネシアのジャカルタへ辿り着き、闇臓器ブローカーの日本人にして元天才心臓外科医と意気投合、新しい闇ビジネスを始めましょってんで選ばれた新天地それが川崎、とこういう次第。 事業を立ち上げるには人材が肝要、求む才能研修完備! ってんで少数精鋭のスカウトと訓練が始まるんですがね。ここが呼び物、埼玉愛犬家殺人事件の犯人顔負けの悪漢たちが一人二人と集められ、メキシコ麻薬戦争で培われたノウハウを叩き込まれ、古代アステカより伝わるイニシエーションで絆を深め、〈おれたちは家族だ〉と覚醒しちゃう。訓練場所は川崎市上小田中の自動車解体場。周りはごく普通の市街地だってのに、扉一枚隔てて中は地獄のありさま。人骨を食らう大型犬、それを殴り殺す混血児、死体が出ればドラム缶で溶解処理し、戦闘訓練の疲れは臓物風呂で洗い落とす。古代アステカの神事と用語で埋まるページが異様な磁場を形成し、『悪魔のいけにえ』の屠殺場さながらな「異界」が読者脳内の川崎に大爆誕。彼らが崇めるアステカの最高神は複数の異名で知られておりますが、その本当の名こそがタイトル・ロール〈テスカトリポカ(煙を吐く鏡)〉なんでございます。 どうかしちまったねえ、あたしのことですよ、こんな反社会的なもんを気に入っちまったんだからねえ。頭ん中の「闇の資本主義地図」がぐりんぐりん上書きされて、児童心臓売買の鮮やかな手腕と国際的スケールから目が離せなくなって、終盤、ついに悪漢の持つショットガンが火を吐いたときには拍手喝采しちゃいましたよ。 え?主人公や善は登場しないのかって?やだ、あんたの読む楽しみのために取ってあるんじゃないのさ。十年に一度出るかどうかの大傑作なんだから、ほら、読みな? 『テスカトリポカ』(角川書店単行本) Kindle版著者 : 佐藤究価格 : ¥2079ASIN : B08VWBX3G7出版社 : KADOKAWA (2021/2/19)発売日 : 2021/2/19 ※価格は変動している場合があります。 他の書評 投稿ナビゲーション 【書評】『持続可能な魂の利用』松田青子【書評】『インディゴ』クレメンス・J・ゼッツ