【書評】『星の時』クラリッセ・リスペクトル 「ブラジルのヴァージニア・ウルフ」の異名を持つクラリッセ・リスペクトル。彼女の晩年の作品にふさわしく、技巧的で気概に満ち、知的で優しい。そんな小説『星の時』の紹介です。 『星の時』単行本著者 : クラリッセ・リスペクトル翻訳 : 福嶋伸洋価格 : ¥2695ISBN-10 : 4309208193ISBN-13 : 978-4309208190出版社 : 河出書房新社 (2021/3/26)発売日 : 2021/3/26 はじめに言うべきことがある。この書評はアンフェアだ。 わたしは『星の時』について、ロドリーゴとマカベーアについて書く。彼らは登場人物だから、わたしだけが一方的に彼らについて書くことができる。書評では通例のことだ。しかし本書にはこの非対称性に言及させる力がある。わたしは隔たった所から彼らを一方的に利用する。 ロドリーゴとマカベーアもまた隔たっている。ロドリーゴは作家で、マカベーアは彼の小説の主人公だ。どこにでもいる下層階級の女の子の、とるにたりない物語をロドリーゴは記述する。その書きぶりから見えてくるものについて本稿で紹介したい。 内容の前に、まずはブラジル北東部がどんな地域なのかについて書くべきだろう。そこはロドリーゴとマカベーアの共通の故郷でもある。16世紀初頭、ブラジルの植民地化はその地域から始まった。原住民のインディオたちは虐殺され、生き残ったものは奴隷にされた。奴隷はさらにアフリカからも輸入された。1822年にブラジルの独立、1888年には奴隷制の廃止があったものの、ポルトガル他の西欧諸国による植民地支配の爪痕は深く残り続けており、人種的には混血化が進んだ現在でも、北東部の住民の半数以上が1日2ドル以下での生活を余儀なくされている。チャンスを求めて、あるいは単に飢えを避けるため、多くの住民が比較的裕福な南東部の大都市へと出ていく。70年代を舞台にした本書の主人公マカベーアもまた、そんな生まれながらの被抑圧者のひとりだ。 彼女は2歳で両親を亡くし、叔母に虐待されながら育った。学校には小3までしか通っておらず、身についた技術はタイプライターが少し打てるというだけ。身体は弱く、器量も悪く、危険なほど痩せていて、いつもくさい。あまりにも無知で、あまりにも従順。自分の話しているのがポルトガル語――旧宗主国の言語――ということさえ知らず、自分が不幸だという認識すらない。ただ〈わたしはここにいるのだから、そうするしかない〉と思っている。 〈北東部の女〉。ブラジルの典型的な女性移住労働者。いなくなっても誰も困らず、彼女自身さえそれを気にかけていない。しかし、そんな彼女の物語を記述する者がいる。 ロドリーゴ・S・M。壮年男性。クラシック音楽に親しみ、文筆業を営む。かつては貧しかったが現在は中流階級の下の方に属す。一時的に肉体労働者に身をやつしているが、それはマカベーアの物語を書くため、〈彼女と同じ水準に自分を置くため〉にすぎない。そして、そんな彼の書きぶりは特徴的だ。 現代では一般的に作者は物語に顔を出さない。しかし彼は違う。マカベーアの物語を書きつつ、自身の内面に浮かぶことも書きつけていく。自分の被造物であるマカベーアに運命を用意し、彼女の生を消費するが、同時にその一方的な搾取性を自覚してもいる。それゆえ時には書くことを逡巡し、その逡巡自体をも記述していく。 ロドリーゴはマカベーアの境遇の描写にできるだけ誠実であろうとする。彼が書くマカベーアの思考と生活、貧困や無知の細部には、簡潔さゆえの強烈なリアリズムとひとさじの詩情がある。例えばこんなふうに。 自分にふさわしいのは蚤を飼うことで、自分には犬に愛される価値もないのだと思った。 自分だけが使える空間があるなんて、信じられなかった。 彼らは散歩の仕方を知らなかった。 恋人のふたりは、小麦粉とか、日干し肉とか、乾燥肉とか、板砂糖とか、糖蜜とかについて、乏しい会話を交わした。それがふたりの共通の過去だから こんな引用がいくらでも続けられる。ロドリーゴの透徹した視線には無垢なマカベーアへの誠実な優しさがこめられている。 一方、ロドリーゴのそんな誠実さは屈折も含んでいる。彼はクラシック音楽や乗馬などのヨーロッパ文化を愛好するが、それはブラジルの搾取構造の原因となったものたちの文化で、マカベーアやかつての彼自身のような惨めな生を隔たった場所から作り出している側のものだ。そういった自分の趣味について頻繁に記述するのはなぜだろう。 また彼は自分の作品について次のように言う。〈ここでぼくが果たしているのは、あなたがたにとっての、苦しみに満ちた中流市民生活の安全弁の役割だ〉と。なぜなら中流市民階級は〈ときに他人になってみるっていう経験をする〉ものだから、と。 中流階級は資本がなければ味わえないものを味わうことができる。しかし大量生産品であれ上質な商品や体験であれ、それらにはおおむねどこかで搾取が関わっている。また中流階級は『星の時』のような本を読んで一時的に下層階級の生を追体験するだけの余裕もあるが、この社会の搾取構造を一変させる力は持っていない。 ロドリーゴの語りからは、搾取構造に依って立つ社会でなんとか中流階級でいる者の、下層階級への誠実さと欺瞞が同時に浮かび上がる。この中流の両義性は日本に住むわたしたち読者とも無関係ではないだろう。技能実習制度や新纏綿製品など、その例証には事欠かない。ロドリーゴとマカベーアの創造者と被造物という越えられない隔たりは、中流と下層の生がどれだけ隔たっているかの喩えでもあるだろう。 さて、ロドリーゴが書くことをためらい続けたマカベーアの物語の着地点について、そろそろわたしも書かなくてはならない。 マカベーアの運命はやがて〈大西洋横断船のように巨大な黄色いメルセデス・ベンツ〉に委ねられる。その後に訪れるのがタイトルでもある〈星の時〉だ。 唐突な質問だが、あなたはブラジルの国旗を思い出せるだろうか。緑の地に黄色いひし形がのっており、黄色の真ん中に置かれた青い球体には白い星が散りばめられている。〈大西洋横断船のよう〉という、植民地化の歴史の再演のような〈黄色い〉ベンツによって訪れる〈星の時〉は、ブラジルの国旗を模していると言ってもよいだろう。マカベーアの運命はブラジル住民の歴史と実存の象徴でもあるのだ。小説に描かれるその実際の姿については自分の目で確かめて欲しい。 こうしてわたしはロドリーゴとマカベーアを一方的に利用し終えた。アンフェアな書評もこれで終わる。 『星の時』単行本著者 : クラリッセ・リスペクトル翻訳 : 福嶋伸洋価格 : ¥2695ISBN-10 : 4309208193ISBN-13 : 978-4309208190出版社 : 河出書房新社 (2021/3/26)発売日 : 2021/3/26 他の書評 投稿ナビゲーション 【書評】『インディゴ』クレメンス・J・ゼッツ【書評】『エルサレム』ゴンサロ・M・タヴァレス