【書評】『アフター・クロード』アイリス・オーウェンス スーザン・ソンタグをして「彼女は最先端」と言わしめた才人アイリス・オーウェンス。 ハリエット・ダイムラー名義で書かれた五冊のポルノ小説の後、十年以上の時をおいて1973年に発表されたのがこの「初」長編小説です。当時のアメリカのカウンター・カルチャーや第二波フェミニズムを背景にしつつも、一番の特色はダイヤモンドカッターのごとき毒舌! 比類ない刻印を読者に残し、忘れようにも忘れられない一冊となりましょう。 『アフター・クロード』 (ドーキー・アーカイヴ) 単行本著者 : アイリス・オーウェンス翻訳 : 渡辺佐智江価格 : ¥2640ISBN-10 : 4336060630ISBN-13 : 978-4336060631出版社 : 国書刊行会発売日 : 2021/9/18 アダムにはイヴよりも前に妻がいたという伝承によれば、その名はリリス、創造されるやいなや夫に対等の立場を要求して険悪になり、神を罵って楽園を飛び出した。さらに追手の天使たちとも正面切って大口論。結局は新生児を呪う妖魔となったそうな。世界最初の抗議する女です、アッパレ。 ヘブライ文化とユダヤ神秘主義とフェミニズムがラップグループを組んだようなこの伝承の出典は『ベン・シラのアルファベット』。著者不明の文書で、風刺文学の側面もあり、聖書の解釈学でもあるようだ。西暦700年から1000年頃の成立で、現代物としてリライトされてもさぞ面白かろう、と凡人が妄想していたプロットを跳ね飛ばし轢き潰し平らかにして見向きもせずに走り去るダンプカーのごとき小説があった。それが本書『アフター・クロード』である。 《捨ててやった、クロードを。あのフランス人のドブネズミ》。印象的な一節で始まるこの小説の語り手はユダヤ人女性ハリエット。罵詈雑言の使い手。その悪口の才能はあまりにも苛烈で、人格、運命と三位一体。つまり彼女は口が悪く、嫌な奴で、つまはじきにされていく。およそ主人公に必要な魅力など備えてなさそうなのに、一読、読者の魂は彼女の所有物となろう。すさまじい毒舌の瞬発力と切れ味の一点突破、彼女はただそれだけでこちらの心臓をぶち抜いて串刺して地獄まで引きずっていくのだ。 例えばタクシー運転手の腕の刺青を見た彼女。 赤い十字架の中に浮かぶ青い墓石に「愛する母をしのんで」と刻まれていて、その下には、運ちゃんが母ちゃんをブッ殺した日付も刻まれていた。 「命日」という言葉を思い浮かべもせずこれである。まさに達人、心技体が無意識に一致するのだ。お世辞を言っていても憎まれ口へと芸術的な横滑り。 「あんた男にしてはいいカラダしてるし、それってフランス人の男にしてはほとんど奇跡じゃんね。マジでさ、パリのチビどもったら、なんか特別見せびらかせるもんがあるってふうに気取って歩いちゃって。自分が見えないって幸いだよね。けどもちろん、フランス人の女ってのはどんな小人にも自分がターザンだって確信させることにかけちゃ疑いなく天才だもん。彼女たちは、確実に民族を繁殖させるためにお世辞っていう技巧を学ばなくちゃならなかったわけよね。あんたの親父さん、チビ?」 両親が恋しい? と聞かれたら返答はこうだ。 「うん。淋病が恋しいみたいにね」 そして自分の外見にさえ容赦がない。 青白い肌に半透明のファウンデーションを塗り、表情豊かな大きな目をコールで縁取り、濃い色のもつれた髪の毛でエキゾチックな頬骨を囲むと、どのエジプトの墓が暴かれたのかと人は思うだろう。 仏に逢うては仏をそしり、祖に逢うては祖をののしる。痛罵の道は彼女に極まれり。 ハリエットは罵倒以外の能力はお持ちでない。彼女の半生は居場所を手に入れてはトラブルと口論で追い出されることの繰り返しだ。住みかをなくし友人をなくし恋人をなくし、仕事はなくす前からもってない。彼女はクロードを《捨ててやった》どころではない、たった半年で手ひどく捨てられたのだ。 アメリカのサブカルチャー史に名高いチェルシーホテルをご存知だろうか。ボブ・ディランやチャールズ・ブコウスキーなど、多くの著名なミュージシャンや作家が生活し、数々の逸話が残る場所だ。小説の後半、クロードのアパートからリリスのように失楽園した我らのヒロインはそこの一室へ押し込められ、すると物語は奇怪な急旋回を見せる。ホテル内は不潔で不穏で地獄さながら。不摂生がたたったのか腹部の違和感が心臓発作にまで発展し、ふらつきながらも次の住みかのため新しい男を籠絡しようとするハリエット。奮闘する彼女は奇妙な「協会」に接触し、果てはアメリカン・ニュー・シネマ版『エクソシスト』とでも言うべきアンチ・クライマックスへ至るのだが――その皮肉で無情で強烈な着地点については、ぜひご自身でご確認ください。 『アフター・クロード』 (ドーキー・アーカイヴ) 単行本著者 : アイリス・オーウェンス翻訳 : 渡辺佐智江価格 : ¥2640ISBN-10 : 4336060630ISBN-13 : 978-4336060631出版社 : 国書刊行会発売日 : 2021/9/18 他の書評 投稿ナビゲーション 【書評】『九夜』ベルナルド・カルヴァーリョ【書評】『エルドラードの孤児』ミウトン・ハトゥン