【書評】『問題の女 本荘幽蘭伝』平山亜佐子

『明治 大正 昭和 不良少女伝 ――莫連女と少女ギャング団』『戦前尖端語辞典』と、詳細な調査と独自のテーマで明治から昭和初期の文化・風俗を紹介する平山亜佐子氏。Twitterアカウント(@achaco2)のプロフィールによれば“教科書に載らない女性の調査が得意”という彼女が8年かけた新刊『問題の女 本荘幽蘭伝』をご紹介します。


問題の女 本荘幽蘭伝 Kindle版
著者 ‏ : ‎ 平山 亜佐子
価格 ‏ : ‎ ¥2464
ASIN ‏ : ‎ B09JKM4K46
出版社 ‏ : ‎ 平凡社
発売日 ‏ : ‎ 2021/10/01

※価格は変動している場合があります。


 100人のあなたを煮詰めても彼女の爪の垢より薄味と、まずはそう思え。常軌なんぞはどこ吹く風か、並を外れてひたすら道を切り拓き、その実なんにも成し遂げぬ。彼女とは誰あろう本荘幽蘭。明治から昭和初期まで新聞雑誌を大いに賑わしたこのフーテン女の生涯へ、数多の資料から追いすがったのが本書だ。

 そんな「なにものでもない」人間が耳目をひいたのは肉体関係の奔放さにもよるのだろう。生い立ちによるのか生来の気質か、〈生涯五〇人近い夫を持ち、一二〇人以上の男性と関係〉したというのだから破格だ。本書の第一章では久留米の旧家に生まれた幽蘭が父や婚約者たちによる非道のために精神を患い、巣鴨病院への入退院を経て、明治女学院で男言葉の大胆な女学生になるまでが記される。続く第二章では彼女が結婚・出産を経て職と男を次々と変えながら流浪するようになるまでの入り組んだ顛末が詳らかにされる。

 三章以降の彼女はただもう絶好調の「幽蘭」だ。整った容姿、ケレン味ある弁舌、性的放縦、行動の突拍子もなさと、とかく人から注目され噂され記憶に残る人物だったのだろう。やがてやれカフェを開いただの誰それと破局しただのと、行動のたびに新聞の見出しを飾る。「妖婦的な半生」をまとめた特集記事が雑誌に掲載されるようになる。文士たちは堕落だ姦婦だと批判を書き募る。当の幽蘭もまた書かれるだけのタマではない。膝突き合わせての直談判から講演・講談での自己語り、果ては自伝の新聞連載まで、ときに常識的、ときに突飛なストーリーをパッパとまき散らして顧みない。メディアと人心を騒がせ続け、大物小物と関係し、他人の自伝や日記、旅行記、地方新聞など、おどろくほど広汎な文献に登場し、そして世間から一気に忘れ去られた。

 巨匠溝口健二映画への出演、満州で馬賊に誘拐された82日間など、エピソードはどれも強烈だが、個人的にはマレーシアの原生林でルンペン暮らしをしていた37歳頃の話を推したい。日本人移住者を頼って宿を求めると、場所がないのか現地青年と掘っ立て小屋で寝てくれと言われた幽蘭。突然のことに戸惑う青年を尻目にどんどんと服を脱ぎ、《おい、一緒に寝るのかい? 兄さん》と言ってのけたという。また2人で深夜の屋台へ行った帰り道、猛獣の気配が濃厚な密林を、夜明けまで手をつないで散歩したりもしたそうな。彼女の無頼と人好きと憎めなさが実感できる。

 しかし世間一般的な基準に照らせば何事も成していない人間の悲しさか、幽蘭に関する資料はあまりに断片的かつ大量で統一性がない。それらを著者の平山は丹念に追いかけ、読み込み、整理した。足かけ8年かかったというのも納得だ。どのページを開いても厖大な調査と資料の専門的な扱いが伺える。またときおり挿入される著者の論評は、幽蘭の言動にあきれつつ惹かれつつ適度な距離から放たれており、断片を魅力的にまとめている。

 本書は幽蘭という人物を追った本であり、同時に彼女に対する世間の反応を追った本でもある。幽蘭という規格外の人物は社会を映す鏡でもあったのだ。そこには明治後期から昭和初期までの日本の、因習とおおらかさの奇妙な同居がくっきりと見えている。


問題の女 本荘幽蘭伝 Kindle版
著者 ‏ : ‎ 平山 亜佐子
価格 ‏ : ‎ ¥2464
ASIN ‏ : ‎ B09JKM4K46
出版社 ‏ : ‎ 平凡社
発売日 ‏ : ‎ 2021/10/01

※価格は変動している場合があります。