【書評】『サバイバー』チャック・パラニューク パラニュークは『ファイト・クラブ』だけの作家じゃない。日本では2005年に文庫化された本作が、2022年1月に新版改訳。カルト教会出身の「ぼく」の災厄レベルの半生は、前世紀末らしいドギツさを漏斗で流し込んで腹をぶくぶくにしながら現代アメリカという地獄をめぐっていきます。自由はどっちだ! サバイバー〔新版〕 (ハヤカワ文庫NV)著者 : チャック・パラニューク翻訳 : 池田 真紀子価格 : ¥1320ISBN-10 : 4150414912ISBN-13 : 978-4150414917出版社 : 早川書房発売日 : 2022/1/19 ※価格は変動している場合があります。 人生に少しでもみじめさを感じているなら、この物語には大いに動揺させられるだろう。日常という抗不安薬を断薬させるような小説だ。 飛行中の旅客機のブラックボックスに自分の半生を吹き込んでいる男がいる。彼はこの飛行機をハイジャックし、全ての乗客と乗務員を下ろしたあと、燃料が切れて全てのエンジンが停止するまでの数時間を、どぎつくて陰鬱な物語を残すために使っている。この男が主人公の「ぼく」だ。彼に脱出する気はない。状況と呼応するように小説は四四七ページから始まり、第一ページへと数を減らしていく。これは墜落までのカウントダウンだ。 一年前、主人公の「ぼく」は自殺をけしかける毎日を送っていた。悩み相談のステッカーを街中に貼り、自宅に電話を掛けてきた相手が「死ぬといい」と思えばそのまま伝えた。そして新聞の死亡記事の名前をチェックした。すでにかなりの相談者をそこに見つけている。 「ぼく」はカルト教会の出身だ。外部と遮断されたコミューンで十七歳まで育ち、教義と戒律と他人への奉仕技術だけを叩き込まれた。十七歳以降は外の世界でひたすらケア労働に従事し、死ぬまで教会に送金するだけの人生を送る予定だった。ところが外へ出てから六年後、いまから十年前、教会は集団自殺事件を起こした。コミューンにいた全員が天国へ「脱出」した。戒律によれば「ぼく」のような外部の信徒が「脱出」を知った場合は、すみやかにその後を追わなくてはならない。しかし「ぼく」は自殺を先延ばしにし、いつか自殺する運命と「脱出」していないみじめさを背負いながらハウスキーピングの仕事を続けた。 「ぼく」の人生はすべてが他人に決定されている。カルト教会での彼は完全に奴隷だったし、ハウスキーピングの雇い主が決めた労働スケジュールは数年後まで詳細に埋めつくされていた。そんな彼はやがて、ある必然からマスメディアの注目を浴びる。奇跡の救い主と見なされ、メディアを席巻する一大プロジェクトのメインキャラクターとなる。しかし、そこで彼を待っているのもまた全てがすでに決定された毎日だ。テレビやラジオに出演する分単位のスケジュールのなか、見た目をよくするために薬やドラッグを与えられ、不調がでれば未認可の薬剤を渡され、その副作用を抑えるためにまた別の薬剤が渡される。彼を轢き潰す肉挽き機に似た、プロセスの多い自殺のような生活だ。 カルト教会の奴隷だった「ぼく」はそこでも従順に役割をこなす。彼が執着――もしかしたら希望――らしきものを抱くのは、ファーティリティという名の不可思議な女性に対してだけだ。彼女が関係する場合だけ「ぼく」は欲望らしきものを抱く。自発的な行動のようなものをしさえする。運命の女神のようにふるまう彼女が「ぼく」に向けて垂らす救いの糸のようなものは、むしろ、飛行機の墜落という終着が決まっているこの物語の主筋にちがいないのだが。 なにが起ころうと彼は運命の奴隷で、なにが起ころうとページのカウントダウンは進む。「ぼく」は全米を這いずり回るが、それは運命と資本主義が緊密に絡み合った現代アメリカ行脚という地獄めぐりだ。 自殺ではない脱出を、自由からほど遠い意思で見出そうとする「ぼく」の陰鬱な格闘は、読者の現状認識に暗い影響を与えうるだろう。ケアワーカーからセレブリティまで、現代人は誰もがこの地獄にいる。「ぼく」はたまたまそのなかの苛烈なところを通っているにすぎない。嫌悪と憐憫をかきたてながら、のっぴきならない秒読みを執行するこのパワフルな傑作を、十七年ぶりの新版改訳となったこの機会にぜひとも万人へ勧めたいのだが、それはあまりにも剣呑か。 サバイバー〔新版〕 (ハヤカワ文庫NV) Kindle版著者 : チャック・パラニューク翻訳 : 池田 真紀子価格 : ¥1188ASIN : B09Q84FY6Z出版社 : 早川書房発売日 : 2022/1/19 ※価格は変動している場合があります。 他の書評 投稿ナビゲーション 【書評】『問題の女 本荘幽蘭伝』平山亜佐子【書評】『喜べ、幸いなる魂よ』佐藤亜紀