【書評】『あの人たちが本を焼いた日 ジーン・リース短篇集』 西崎憲の編集による「本邦初」のジーン・リース作品集。カリブ海の植民地で1890年に生まれ、17歳で宗主国イングランドに渡った彼女は、ポストコロニアリズムとフェミニズムの重要作家とみなされていますが、ここではちょっと視点を変えて「自己責任論」をキーワードにご紹介します。 あの人たちが本を焼いた日 ジーン・リース短篇集 (ブックスならんですわる) 単行本著者 : ジーン・リース編集 : 西崎 憲翻訳 : 安藤 しを、磯田 沙円子、樫尾 千穂、加藤 靖、小平 慧、笹原 桃子、沢山 英理子、獅子 麻衣子価格 : ¥2,090ISBN-10 : 4750517461ISBN-13 : 978-4750517469出版社 : 亜紀書房発売日 : 2022/6/29 ※価格は変動している場合があります。 わたしは飢えたことがある。食費は1日100円で、絶食の日も珍しくなかった。だからこの本の短編「飢え」の、貧困が常態化して絶食が5日目に突入した女性の語りにいちいちうなずいてしまう。〈なんとかできるはず。実際的な知識を猛然と駆使し、自分の目を逃れたものを探し、夜には食べ物の長い夢を見る〉〈この二年間の下らない苦闘を徹底的に蔑む〉〈いつも絶壁にぶらさがっているよう〉〈一度落ちてしまうともう上がってはこられない〉〈二、三か月ごとにかならず危機にさらされる。危機ごとにあなたは弱くなる〉。 わたしが飢えたのは大学卒業後のワーキングプアだった約一年間で、氷河期世代だからそれは珍しいことではなかった。それ以来非正規の仕事にしか就けていないのも珍しいことではないし、これまでの仕事や求職活動で出会った良識ある大人たちに「ずっと非正規なんです」と言うと、とたんに知能や教養や品性を低く見積もられるのも珍しいことではなく、むしろ最近では増えている。どうしてか彼らはわたしを道徳的に諭し始める。わたしは非正規だからばかなのだし、それがずっと続いているから救いようもなくばかなのだ。 自己責任論は「良識ある人たち」と「ばか」を都合よく分ける。この「ばか」はいろんな言葉に化けられる。生活困窮者、外国人、障がい者、規範的じゃない女性、etc. 「ばか」たちは「区別」される、だって「ばか」だから。本書の短編「ロータス」では、「良識ある人たち」の一人が「ばか」な女性作家にこう言う。《当然の報いを受けている人を憐れまないといけないなんて気分悪くなる》《みじめな時間を過ごさなければならないのは自分に責任があるって、当たり前じゃない》。 14の短編が収められたこの作品集には、「ばか」と見なされてしまった人たちがたくさん出てくる。植民地の黒人、刑務所の外国人、刑務所の面会にくる外国人、助産院の外国人妊婦、不安定な雇用に置かれた女性、フェミニスト、フェミニストと怒りを共有する女性などなど。「良識ある人たち」や彼らの社会は「ばか」たちの目にどう映るのか。「ばか」として生きるのはどういう経験なのか。彼らの嘆息が肌に感じられるような距離へ読者は放り込まれる。 例えば表題作の「あの人たちが本を焼いた日」。イングランドの植民地であるドミニカを舞台にしたこの短編で、「ばか」と見なされるのはおもに黒人たち、とくにミセス・ソーヤーだ。彼女の夫はブルジョワジーの白人で、宗主国の文化を愛し、植民地を見下して、しょっちゅう酒に酔っては妻に暴力を振るっている。この短編の語り手の〈わたし〉はソーヤー夫妻の息子エディーの友人で、白人だが植民地生まれのために「本物の」イングランド人の子供たちからは下に見られており、〈わたし〉自身も混血であるエディーをときどき見下している。ある日、〈わたし〉とエディーはソーヤー氏の蔵書が焼かれようとしているのを目撃する。その光景と焚書の理由は読者の胸を塞ぐようなものだ。植民地主義がもたらす抑圧と反発、涜聖と復讐の感情、芸術や教養の西洋中心主義の暴力性、女性によるミソジニーなどが渾然一体となって燃え上がる陰鬱な場面として、強く記憶に残るだろう。 本書には元となった電子書籍がある。リースの代表的な短編であり、とりあえずこれ一本だけでも読むべし! な「あいつらにはジャズって呼ばせておけ」は、そちらの表題作だった。この短編の語り手は植民地生まれの混血女性で、失職中の彼女は一月分の家賃が前払いできないために下宿を追い出されてしまう。家主は彼女が持っていたわずかな蓄えを盗んでいるようだが、警察は「良識ある人たち」の味方で、家主の証言を全面的に信用しており、彼女にはなすすべもない。彼女は知人男性の持つアパートに転がり込むが、人生を好転させる糸口は見つからず、酒に溺れるようになる。やがてアパートの隣人の、排外的な人種差別主義者夫妻とトラブルになり、器物破損と夫妻の嘘の証言のために有罪となってしまう。罰金が払えず、監獄に収監された彼女はある日、壁に囲まれた中庭で次のような歌声を聴く。 〈乾いた滑らかな声だ。そして時々すこし乱れる。まるで古く暗い色の壁自体が嘆いている声のようだ。なぜなら壁はあまりに不幸を見過ぎているから〉〈でも声は中庭に落ちても滅びない。監獄の門を軽々と飛び越え、遠くまでいくことができるように、誰もそれを止めることができないように見える〉 誰が歌ってるの? という彼女の問いに次のような答えが返ってくる。 《まだ知らなかった? 懲罰房から歌ってる。女たちに弱音を吐くなって言ってる》 彼女は夢想する。いつかその歌がトランペットで吹かれ、その音が周囲の壁――自分を人間らしい世界から隔離し、疎外している壁――を崩してしまうところを。釈放後、どうにか生活を立て直した彼女に、その歌に関するある出来事が起こるのだが……。そこで描かれる文化の簒奪と、それによって彼女が到達する認識の苦さについては、ぜひ実際に読んで味わってほしい。 わたしにとっての白眉は「よそ者を探る」だ。この作品では第二次大戦中にイングランドへ避難してきたユダヤ人らしきローラという老女が、「良識ある人たち」に排斥されていく様子が描かれる。ローラはインテリで、戦争が起きた理由もその下らなさも証拠を挙げて説明できるが、それは周囲の無知で穏当な愛国者たちを苛立たせるばかり。彼女は頭が良いどころかばかげた意見の持ち主だと思われてしまう。その場にいないローラについて「良識ある人たち」がする凡俗な会話と思考の合間に、ローラが残したスクラップブックからの理性的で詩的なテクストが挟まれる構成になっており、その落差が忘れがたい印象を残す。 著者のジーン・リースは1890年生まれ。およそ一世紀前の人間だが、小説の内容も文体も驚くほど現代的だ。植民地生まれの白人で、17歳で宗主国のイングランドへ渡り、女子校から演劇学校に進み、役者、モデル、小説家などの職に就き、三度結婚した。飲酒と貧窮と共にあり、ずっと「ばか」の側の人間だった彼女の人生については、編者の西崎憲による解説に詳しい。 現代の日本ではもう二十年以上も賃金が下がり続けており、一方で物価と税負担は上昇するばかりだ。炊き出しには失職者や路上生活者だけでなく、シングルマザーや月収が十五万に満たない正規雇用者まで訪れているという。政府は自助や共助を奨励するばかりで公助には腰が重い。悲惨な待遇の外国人労働者も増え続けている。生活困窮者はもう珍しい存在ではない。「良識ある人たち」にとってみれば、現代日本は「ばか」が増えるばかりの暮らしにくい世の中なんだろう。その「暮らしにくさ」を改善するためにこの本を手にとって、自分たちが「ばか」の目にどんなふうに映っているか、確かめてみるのはいかがだろうか。 あの人たちが本を焼いた日 ジーン・リース短篇集 ブックスならんですわる Kindle版著者 : ジーン・リース編集 : 西崎 憲翻訳 : 安藤 しを、磯田 沙円子、樫尾 千穂、加藤 靖、小平 慧、笹原 桃子、沢山 英理子、獅子 麻衣子価格 : ¥1,986ASIN : B0B74PVC7F出版社 : 亜紀書房発売日 : 2022/6/29 ※価格は変動している場合があります。 他の書評 投稿ナビゲーション 【書評】『天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』メイソン・カリー【書評】『すべて真夜中の恋人たち』川上未映子